ティッサ・メッテイヤ学徒の問い
1047 “kodha santusito loke, (iccāyasmā tissametteyyo)
[誰が~ですか?+ここに(連声)][満足する,喜ぶ][この世において](かくのごとく尊者 ティッサ・メッテイヤ)
kassa no santi iñjitā;
[誰に~ですか?][否定][存在する][動揺(の思い),複数形]
ko
ubhantamabhiññāya,
[誰が~ですか?][両方+終極+証知する コンパウンド:合成語]
majjhe
mantā na lippati;
[中間において][明慧によって][否定,ないのですか?][汚される]
kaṁ
brūsi mahāpurisoti,
[誰を~ですか?][説く][大なる,偉大な+人,男,丈夫,人間]
ko idha sibbinimaccagā”. (1)
[誰が~ですか?][ここにおいて][貪愛を+超え行った]
1048 “kāmesu brahmacariyavā, (metteyyāti bhagavā)
[諸々の欲において(処格)][梵+行ある(主格)](メッテイ ヤさん、世尊は)
vītataṇho
sadā sato;
[離れた,ない+渇愛(主格)][常に][気づきがある(主格)]
saṁkhāya
nibbuto bhikkhu,
[法を究めて][寂滅した,涅槃に到達した(主格)][比丘(主格)]
tassa no santi iñjitā. (2)
[彼に][ない,否定][存する,ある][動揺することから]
1049 so
ubhantamabhiññāya,
[彼が(主格)][両方+終極+証知する]
majjhe
mantā na lippati;
[中間において][明慧によって][否定,ない][汚されている]
taṁ
brūmi mahāpurisoti,
[それが][説きます][大なる,偉大な+人,男,丈夫,人間]
so idha sibbinimaccagā”ti. (3)
[彼が][ここにおいて][貪愛を+超え行った+かく~と]
正田氏訳
1047.(1040) かくのごとく、尊者ティッサ・メッテイヤが〔尋ねた〕「誰が、ここに、〔この〕世において、〔常に〕満ち足りているのですか。誰に、諸々の動揺〔の思い〕が存在しないのですか。誰が、両極を〔あるがままに〕証知して、〔その〕中間において、明慧によって、〔何ものにも〕汚されないのですか。誰を、『偉大なる人士である』と、〔あなたは〕説くのですか。誰が、この〔世において〕、貪愛〔の思い〕を超え行ったのですか」〔と〕。(1)
1048.(1041) かくのごとく、世尊は〔答えた〕「メッテイヤさん、諸々の欲望〔の対象〕について、梵行ある者(禁欲清浄行の実践者)――渇愛を離れた、常に気づきある者――〔法を〕究めて、涅槃に到達した比丘――彼に、諸々の動揺〔の思い〕は存在しません。(2)
1049.(1042) 彼は、両極を〔あるがままに〕証知して、〔その〕中間において、明慧によって、〔何ものにも〕汚されません。彼を、『偉大なる人士である』と、〔わたしは〕説きます。彼は、この〔世において〕、貪愛〔の思い〕を超え行ったのです」〔と〕。ということで――(3)
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